2009.10.13
与えられた課題に取り組めば組むほど自分の稚拙さが浮き彫りになる。
ここを直した方がいいよって言われたことを直そうと思うけどそこを直すにはあそこも直さなければならなくて、つまりは構造改革。迫るのは時間ばかりで完成ではないってこと。発掘作業にばかり時間がかかって研磨が出来ない。折り合いをつけるだとか妥協点だとかそういうのさえ見つからない。
最低でもこのラインってそれが私の最高点ですなんて口が裂けても言えなかった。
増える知識を実用化することが出来なくて、この勉強って今意味あるの?って何度も思った。お互い時間を割いてる訳だから意味がないなんてことはないんだろうけど、そういうんじゃなくて私が知りたいのはもっと具体的なこと。これって木を見て森を見ずって言うんだろうか。
増える資料は整理することさえ覚束ない。この資料新しいの出てたんだーとか前はこう言ってたのになーとか、思いつくのは揚げ足取りとか屁理屈ばかりで尊敬の念が抱けない自分の小ささに腹が立つ。
2009.07.28
約束とか時間とか、そういうのが破られるのが我慢できなかった。
奢れば済むと思ってるところとか口先だけのごめんねとか、そんなのばっかりだった。
きっと私は人よりも約束とか時間とか、そういう拘束するものにうるさくて、そういうのを守れない人を「そういう人だから」って割り切ることが出来ない。何で笑ってられるのかっていつも疑問だった。そういう人の前では愛想笑いしか出来なかった。
人に気持ちよく過ごしてもらう為には自分がどんなに嫌な思いをしても耐えるのが普通なんだろうか。私の怒りの沸点はそんなに低いのかって不安になる。
つまりは私が自分の思い通りに事が進まないと癇癪を起こす子供なんだろう、どうしたらそれを受け入れることが出来るのか・もうずっと考えている。
仕方のないことを仕方のないことだと笑って過ごすことが出来なくて、何でどうしてって、それの繰り返しだ。
2009.06.16
約束は破るためにあるって、いっそのこと思ってしまいたかった。期待した先にあるものが悲しみだなんて現実が多いことに辟易ばかりしている。
約束をしなければ破られることもないんだからつまり約束は破るためにある・ってやっぱりそれは違う。AがなければBもないけどBがなくたってAはある。
恋愛だってそうだ。好きにならなきゃ苦しい思いもしないし別れも来ないけど、だからって好きになることは苦しむことだなんてそればかりじゃないことだって分かってる。
だけど折れそうなのは苦しみの上に立つことができないからで、その覚悟がないなら約束も恋愛もしちゃいけないんだろうか。
絶対って言い切れるものがなければ生きていけないって今日読んだ本に書いてあった。自分が生きてることとか交わした言葉の温かさとか、そういう証明なんてできないけど絶対って思いたいものが全部絶対ならすごく簡単だ。
でも結局は生きてることも感じた暖かさも自分の中にしかなく、それを確かなものに出来るかどうかなんだと思う。
つまりは思い込みなのかも知れない。
2009.04.27
何だかもう1人になりたくて、思いつきで出かけた。天気も良かったんだ、本当に。雨上がり、真っ黒な雲が散らかった私の部屋みたいに点々とあるだけで、だけど太陽とそれに伴う青空に幾分か助けられてた、ゴミのような存在だって。
行き着く場所は結局いつものところで、でもそこしか私の考える場所は思いつかなくて、いや、探してないだけっていうのもあるのかも知れないけど、探す必要もないくらいに、そこだった。
防波堤に座って、夜までずっと考えたんだ。うずくまって時々のたうちまわって泣いて、いっぱい泣いた。
「○○だからどうこう」っていう安直な方程式ではないけれど今の環境は良いとは言えない。どこだって何がしかの世界に入ってしまえばそうなのかも知れないけれど、正直にやっていくのには中々に難しく、笑いながらの探りあい・探しあいばかりで嫌になる。そう思う自分だって嫌だ。全てを切り裂いて血を流さなければ新しいものは出てこないって分かるけどこんな形のストレスが多いことの何がプラスになるのか分からない。
いつだって誰かを批判するのは本当に本当に簡単で、でもそこに付随するのは「じゃあお前はどうなの」ってことだ。ケチをつけるのならそれについて何か変えるための何かをする、そんな当たり前のことが出来ない。
『当たり前のことをどうして誰も有り難がらないんだろう』、小学校の時に先生が言っていた。人に求めるのは当たり前だと言いながらいつだって当たり前以上だ。そんな扱いは人を苦しめるばかりなのに、でもだからと言って希望を持たずに生きていくにはこの世は苦しい。
行き着く場所は結局いつものところで、でもそこしか私の考える場所は思いつかなくて、いや、探してないだけっていうのもあるのかも知れないけど、探す必要もないくらいに、そこだった。
防波堤に座って、夜までずっと考えたんだ。うずくまって時々のたうちまわって泣いて、いっぱい泣いた。
「○○だからどうこう」っていう安直な方程式ではないけれど今の環境は良いとは言えない。どこだって何がしかの世界に入ってしまえばそうなのかも知れないけれど、正直にやっていくのには中々に難しく、笑いながらの探りあい・探しあいばかりで嫌になる。そう思う自分だって嫌だ。全てを切り裂いて血を流さなければ新しいものは出てこないって分かるけどこんな形のストレスが多いことの何がプラスになるのか分からない。
いつだって誰かを批判するのは本当に本当に簡単で、でもそこに付随するのは「じゃあお前はどうなの」ってことだ。ケチをつけるのならそれについて何か変えるための何かをする、そんな当たり前のことが出来ない。
『当たり前のことをどうして誰も有り難がらないんだろう』、小学校の時に先生が言っていた。人に求めるのは当たり前だと言いながらいつだって当たり前以上だ。そんな扱いは人を苦しめるばかりなのに、でもだからと言って希望を持たずに生きていくにはこの世は苦しい。
2009.03.03
系列会社の女性(Iさん)と話していた。
そこの会社は待遇が劣悪で、彼女と話すと大抵愚痴になる。今日もその話。
Iさん「〜〜〜と言う訳なのよ」
私「そうなんだぁ」
Iさん「そちらはどうなの?」
私「うちも似たようなもんです」
Iさん「そっかー、でもあずさはプライベートが充実してるからいいじゃん、うちなんかさ〜(以下愚痴)」
え?
今そういう話してた?